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東京地方裁判所八王子支部 昭和46年(ワ)200号 判決 1978年5月22日

原告 田中秀幸

右訴訟代理人弁護士 川口厳

同 二上護

同 渋田幹雄

同 斉藤展夫

同 鈴木亜英

同 杉井静子

同 飯塚和夫

同 寺島勝洋

同 仁藤峻一

同 名取和子

同 須合勝博

被告 株式会社日立製作所

右代表者代表取締役 吉山博吉

右訴訟代理人弁護士 橋本武人

同 浅岡省吾

同 江川勝

同 青木武

同 岩井國立

主文

一、原告は被告との間に雇傭契約上の地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し、金九四七万六五七〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二〇日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告は原告に対し、昭和五一年一〇月以降毎月二八日限り金一三万七一八二円及びこれに対するその月の二九日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は被告の負担とする。

六、この判決は、主文第二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  原告は被告との間に雇傭契約上の地位を有することを確認する。

(二)  被告は原告に対し、金一三三〇万一四九三円及びこれに対する昭和五一年一〇月二〇日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告は原告に対し、昭和五一年一〇月以降毎月二八日限り一八万七一三三円及び右金員に対する支払期日の翌日である毎月二九日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告の負担とする。

(五)  (二)、(三)項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、昭和三五年四月一日被告株式会社日立製作所に雇傭され、以来被告会社武蔵工場に勤務し、昭和四二年一〇月当時製造部低周波製作課に属していた。

(二)  被告会社は、昭和四二年一〇月三〇日原告を解雇したとして、以後原告と雇傭契約関係の存在を争っている。

(三)  原告は、昭和四二年一一月から昭和五一年九月までの賃金及び一時金として別表(一)の一ないし三の賃金及び一時金欄記載の金員合計金一三三〇万一四九三円並びに昭和五一年一〇月以降一ヵ月金一八万七一三三円の割合による賃金を毎月二八日限り支給さるべき権利を有する。その根拠は次のとおりである。

1 被告会社では、従業員の賃金は、基本給、加給、職務給、諸手当(扶養・地域手当、残業手当、深夜勤務手当等)によって構成され、それぞれの具体的金額は毎年春闘後に日立製作所武蔵工場労働組合の上部団体である日立製作所労働組合総連合と被告会社間に締結される賃金協定に基づいて定められている(但し毎年四月以降新賃金協定が締結されるまでの賃金を特に臨時給与と呼ぶ。)。その支払方法は毎月二〇日締め、その月の二八日払である。

2 昭和四二年度の賃金

原告の昭和四二年度(同年一一月以降翌年三月まで)の賃金は、本件懲戒解雇前の同年五月ないし七月の賃金(昭和四二年五月分三万二二三三円、同年六月分二万三六二二円、同年七月分三万一四九七円)を基礎とすべきであり、右によれば月額平均二万九一一七円となるので、昭和四二年度の賃金は合計金一四万五五八五円となる。

3 昭和四三年度の賃金

原告は、昭和四二年度において執務職六級、職務給二職級に格付けされていたが、昭和四三年度においては、原告と同様の二六才の高卒男子では執務職四級が圧倒的に多いので執務職四級、職務給四職級として賃金が決定されるべきである。そして、基本給の定期昇給部分については各職群等級毎の割当額の平均をとり、加給についても平均加給率をとるのが相当である。そうすると原告の昭和四三年度の賃金は月額三万七五七一円となり、その内訳は基本給一万一一二〇円(前年度基本給一万〇〇五〇円に一般昇給五〇〇円、一律補整五〇〇円、低所得者補整七〇円を加算)、加給七一一七円、職務給一万〇〇〇〇円、扶養地域手当六〇〇円、残業手当八七三四円(昭和四二年五月から七月までの平均残業時間二九時間、平均深夜勤務時間一一時間を基礎に算定)である。また昭和四三年四月、五月の臨時給与は、基本給につき前年度基本給の二三%増に金四〇〇〇円を加えたものであるので、各月三万五四二九円である。従って昭和四三年度賃金合計は金四四万六五六八円である。

4 昭和四四年度以降の賃金

以下右と同様の算出方法で計算すると、原告の昭和四四年度以降、昭和五一年九月分までの賃金は別表(一)の一ないし三のとおりである。但し原告は昭和四四年度には執務職四級、職務給六職級に、昭和四六年度には企画職三級に、昭和四九年度には企画職二級にそれぞれ昇格したこととして算定した。

5 従業員の年末及び夏季一時金は毎年秋に日立総連合と被告会社との間の労働協約(一時金協定)によってその額が決められ、その内容は基本給リンク分(基本給に支給率を乗じたもの)、職務給賃金リンク分(各人の職務給賃金に一定率を乗じたもの)及び職群調整金(基本給に一定率を乗じたもの)によって構成される。

一時金についても前同様の算出方法により算出すると別表(一)の二の通りである。

(四)  よって原告は雇傭契約上の地位を有することの確認並びに別紙(一)の一ないし三記載のとおり昭和四二年一一月以降の賃金及びこれに対する弁済期の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)及び(二)の各事実は認める。

(二)1  同(三)の冒頭の事実は否認する。

2 同(三)の1の事実は認める。

3 同2の事実うち原告の昭和四二年五月ないし七月の賃金額は認める。但し、原告の昭和四二年五月分の賃金三万二二三三円の中には四月分として支払われるべき昇給の追加払分四六三二円が含まれているから、五月分の賃金は実際は二万七六〇一円である。

4 同3の事実のうち、昭和四二年度において原告が執務職六級、職務給二職級で基本給一万〇〇五〇円であったこと、昭和四三年度の扶養地域手当が六〇〇円であること及び原告の昭和四二年五月から七月までの平均残業時間及び深夜勤務時間が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告会社における職群等級の格付けは、当該従業員の経験年数、現職群等級、基本給の序列等を勘案するとともに勤務成績、業務能力等を総合的に判断して決定するものであるところ、原告の場合その総合評価は極めて低いものであるため、昭和四三年度に昇格することは考えられず、執務職六級、職務給二職級に据置かれるのが相当である。また査定部分については、原告の勤務成績、業務能力に照らし最低に査定するのが正当である。時間外手当は実際に就労していない原告には認められない。仮に認められるとしても昭和四二年度の原告の時間外勤務時間は執務職男子平均の七三%であるから、原告の昭和四三年以降昭和五一年までにおける時間外勤務時間を推定するには、同期間における執務職男子平均の時間外勤務時間二七・五時間に右七三%を乗じた時間を基準にすべきであり、深夜勤務については、通常執務職男子はこれに従事していないから考慮すべきではない。

5 同4の事実はいずれも否認する。企画職は、執務職、技能職のごとく勤続経験及び能力を勘案して運用される職群等級制度と異なり、本人の企画遂行能力と将来性等を考慮して運用される制度であるが、原告の業務能力、勤務成績等からして企画職編入はあり得ない。なお、昭和四四年度に職群等級の格付昇格基準が日立総連合との協定によって改定されたので、原告は昭和四四年度に執務職五級に、昭和四八年度に執務職四級に格付され、また昭和四九年度の協定により二五才以上の執務職の者が三職級以下に格付されている場合、三職級賃率を適用することになったので、原告についても昭和四九年度以降職務給三職級の職務給賃率が適用される。

6 同5の事実のうち従業員の年末及び夏季一時金が毎年秋に日立総連合と被告会社との間の労働協約(一時金協定)によってその額が決められることは認めるが、その余の事実は否認する。一時金は基本給リンク分と職務給賃金リンク分によって構成される。職群調整金は優秀者抜擢用の源資として使用されるもので、原告のような査定が平均以下の者には支給されない。

7 仮に原告が被告会社に対し、昭和四二年一一月以降の賃金及び一時金の請求権があるとしても、その額は、被告会社の主張に基づいて計算すると別表(二)の一ないし四記載のとおりとなる。

三  抗弁

被告会社は、昭和四二年一〇月三〇日原告がこれまでに出勤停止三回、譴責一回の懲戒処分を受けたにもかかわらずなお悔悟の見込みがないとの理由で、就業規則第五一条第一項第一二号に基づき、原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたが、その具体的事由は次のとおりである。

(一)  昭和四〇年三月三一日出勤停止五日間

原告は昭和四〇年三月一七日被告会社武蔵工場製造部低周波製作課の課員らが使用する便所の個室内に落書をし、後日被告会社から事情聴取を受けると、右同日以前に発見されていた落書の一部についても自分で書いたものであることを認めるに至った。被告会社は右事情及び筆跡から他の多くの落書も原告が書いたものと判断し、同年三月三一日就業規則第五〇条第一項第一五号、第一二号に該当するものとして、原告に対し出勤停止五日間の懲戒処分を行なった。

(二)  昭和四二年一月一〇日譴責

原告は昭和四一年一二月八日午後四時三〇分頃、就業時間中であるにもかかわらず、前記低周波製作課特性管理係の同僚に対し、執拗に原告の行なっている政治的活動について話しかけ、その支持を求めたり、資金のカンパを強要し、右同僚の業務を妨げたので、被告会社は昭和四二年一月一〇日就業規則第五〇条第一項第四号、第五号に該当するものとして、原告に対し譴責の懲戒処分を行なった。

(三)  昭和四二年七月二七日出勤停止七日間

原告は昭和四二年七月二一日、時間外勤務を命ぜられていたにもかかわらず、午後五時から約二時間三〇分にわたって無断で職場を離れて私用外出したうえ、その際私用外出届に受けるべき上長の承認印を盗用したので、被告会社は昭和四二年七月二七日、就業規則第五〇条第一項第四号、第六号及び同第五一条第一項第六号に該当するものとして、原告に対し出勤停止七日間の懲戒処分を行なった。

(四)  昭和四二年一〇月四日出勤停止一四日間

1 原告は前記低周波製作課特性管理係において、ゲルマニウム・トランジスターの一品種の特性管理(歩留の維持、向上及び不良対策等)の業務を担当していたが、元来右品種のトランジスターの選別後歩留を推定算出するについては、右トランジスターの各製造工程に応ずる焼付先行試作及び封止先行試作の各歩留並びに選別実績歩留の三段階の歩留数値を検討し、これに基づいて推定算出しなければならず、原告も右方法を十分承知していた。しかるに原告は昭和四二年九月四日単に焼付先行試作の歩留のみに基づいて選別後歩留を七七%と推定した。

2 右品種の歩留(実績)は同月六日午後になって右推定値を大巾に下回り七三%に低下してしまった。そこで原告の上長である石橋主任は同日午後四時頃原告に対し原因の追究と対策の樹立を残業をしてでも至急行なうよう命じたところ、原告は「そんな仕事をやる程給料はもらっていない。そんな面倒な仕事はできない。今後残業は一切しない。担当業務についても責任は持てない」などと暴言を吐き、午後五時三〇分頃まで右主任と口論をした挙句、友人と約束があるからと言って帰ってしまった。

3 ところで、被告会社武蔵工場には、業務上の都合によりやむを得ない場合には、組合との協定により一日八時間、一週四八時間の実働時間を延長することがある旨の就業規則が存在し、かつ被告会社は当時日立製作所武蔵工場労働組合(以下組合という。)と時間外労働に関する協定(いわゆる三六協定)を締結していた。

4 原告は翌七日になって同僚の指導、援助のもとにやっと推定歩留を七三%と算出し、その対策を講じたが、その後も石橋主任、西村課長等に対して「歩留の維持しかやらない。残業は会社に対するサービスだからやらない。給料が安いので給料に応じた仕事をすればよい」等と公言するので、被告会社は昭和四二年一〇月四日就業規則第五〇条第一項第四号及び同第五一条第一項第六号に該当するものとして、原告に対し、出勤停止一四日間の懲戒処分を行なった。

(五)  本件懲戒解雇処分

1 被告会社は昭和四二年一〇月四日出勤停止に処した際原告に対し出勤停止期間中によく反省し、出勤する際就業規則第四九条第三号に基づき始末書を提出するよう申し渡した。

2 しかるに原告は同年一〇月一九日、工場応接室で阿部製造部長、西村課長、湊課長より始末書の提出を求められてもこれに応じないのみか、「就業規則に違反しているとは思っていないから始末書は出さない。処分は不当であり認められない」等と公言し、全く反省の態度を示さず、西村課長から退場を命ぜられるもこれに応ぜず、同人が警備員を呼んだところ、ようやく立ち上り、警備員に付き添われて退場した。

3 原告は翌二〇日「就業規則に違反したとは思わないし、反省していないが就労したいので始末書を書いて来た」と言って始末書を提出したが、その内容は就業規則違反行為を反省する趣旨の記述はなく、始末書の体をなしていないものであったので、右湊課長らが更に反省を求めたところ、「今回の処分は不当である」と言い張り、同人らが退場を命じてもこれに応ぜず、前同様警備員に付き添われてようやく退場した。

4 被告会社は同月二三日原告に対し再び始末書の提出を求めたが、原告は依然として応諾せず、「処分は不当だから認められない。就業規則は会社に都合のいいように作ってあるのだから、そんな処分に従う訳にはいかない。始末書を書き直す気はない。裁判になっても争う。自分には組織がついている。首を切るなら切ってもらいたい。日教組の友人に話したらそんな会社には全国に指令を出して来年度の卒業生は一名も回さないようにしてやるといっていた」などと言って全く反省の色がなく、反抗的、闘争的な言動に終始し、遂には今後は就業規則は守らないと公言する程であった。そこで被告会社はやむなく原告の説得を断念し、就業規則第五二条により懲戒処分決定まで休業を命じ、連絡があるまで寮で待機するよう申し渡して退場を命じたが、原告はこれにも応ぜずやむなく警備員が両脇をかかえて退場させた。

5 被告会社ではこの間右の経過を組合にも伝えていたが、右同日組合に対し何らかの処分を考慮せざるを得ない旨申し入れたところ、組合の方で原告を説得するので処分を待って欲しいとの返答であったのでこれを了承した。しかし組合が再三にわたり原告を説得したにもかかわらず、これに応じなかったので、組合は一〇月二七日被告会社に対し、原告を処分するのもやむを得ない旨回答して来た。

6 そこで被告会社は一〇月三〇日、原告が再三にわたり懲戒処分を受けているにもかかわらず、反省の態度を示さなかったことに鑑み、就業規則第五一条第一項第一二号に該当するものとして原告を懲戒解雇処分に付した。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁のうち冒頭部分の事実は認める。同(一)の事実中原告が昭和四〇年三月一七日に便所の個室に落書をしたこと、同月三一日、五日間の出勤停止処分を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実中原告が昭和四一年一二月八日午後四時三〇分頃、就業時間中に同僚に対し政治集会への参加を勧誘したこと、そのため昭和四二年一月一〇日譴責処分を受けたことは認める。その余の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実中原告が昭和四二年七月二一日被告会社主張の時間に職場を離れたこと、私用外出届に上長に無断でその承認印を押捺したこと、そのため同月二七日に七日間の出勤停止処分を受けたことは認める。その余の事実は否認する。外出許可の上長の押印は全く形式的であった。

(四)1  同(四)の1の事実中原告が昭和四二年九月四日単に焼付先行試作の歩留のみに基づいて歩留推定をしたことは否認する。その余の事実は認める。

2 同2の事実中右品種の歩留(実績)が九月六日午後七三%に低下したこと、同日午後四時頃原告の上長である石橋主任が原因の追究と対策を樹立するため残業を命じたこと、原告は午後五時三〇分頃まで右主任と話し合ったが折り合わないまま、友人と約束があるからと言って帰ったことは認める。その余の事実は否認する。

3 同3の事実は認める。

しかしながら労働基準法に定める労働時間を超えて時間外勤務を行なう義務を認める就業規則は、個々の労働者の時間外勤務に関する具体的義務を定めるものであるならば、その限度で労働基準法に違反して無効である。また同様の具体的義務を労働協約で定めることも協約の本質に反するばかりでなく、労働基準法違反として私法上無効である。従って時間外労働に関する就業規則も労働協約も個々の労働者に対し時間外労働の義務を課すことはできず、いわゆる三六協定が結ばれている場合、使用者は単に個々の労働者に対し合法的に時間外労働の申し込みをなしうるにとどまるものと解すべきである。よって原告が残業命令を拒否したのは全く正当な行為である。

4 同4の事実中原告が翌七日推定歩留を七三%と算出してその対策を講じたこと、一〇月四日出勤停止一四日間の懲戒処分を受けたことは認めるがその余の事実は否認する。

(五)1  同(五)の1の事実は認める。

2 同2の事実中原告が一〇月一九日湊課長に呼ばれ始末書の提出を求められたこと、原告が就業規則違反の事実はないと主張して退場を命じられたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実中原告が翌二〇日用意して来た始末書を提出したが受理されなかったこと、退場を命ぜられたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同4の事実中原告が再び始末書の提出を求められたこと、休業を命ぜられ警備員に門外へ押し出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5 同5の事実中原告が組合から始末書を書くよう説得されたが、これに応じなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

6 同6の事実中被告会社が一〇月三〇日就業規則第五一条第一項第一二号を適用して原告を懲戒解雇に処したことは認めるが、その余は争う。

五  再抗弁

(一)  被告会社が残業拒否を主要な理由として、原告を懲戒解雇するのは権利の濫用である。

即ち、石橋主任が九月六日原告に対し命じた残業の内容は、当日やらなければ取り返しのつかない損害を被告会社に与える種類のものではなく、当日中には終えられない量の作業であって、このような作業を終業時間間際になって命ずるのはそれ自体不当な命令であるうえ、原告には終業後友人と会う約束があったのであるから、原告が右残業命令を拒否したのは何ら非難されるべき点はない。しかも原告は右作業を翌日完了し、以後残業にも十分協力する旨を表明している。よって右残業拒否を主な解雇理由とする本件解雇処分は、解雇権の濫用というべきであって無効である。

(二)  被告会社は、原告が次のように職場内外で被告会社の意に反する組合活動をするのを嫌悪して本件解雇処分に及んだものであるから、本件解雇処分は労働組合法第七条第一項、第四号、民法第九〇条に該当し無効である。

1 原告は昭和三五年七月一日組合に加入し、昭和三六年七月職場委員に選出されるや、被告会社の合理化の一環としての大量解雇に反対したのをはじめとして、被告会社が便所入口のモールガラスを素通しガラスに入替えたことに反対して組合執行部に右問題を取り上げさせるなど積極的に組合活動を行ない、組合役員でない時でも春闘、組合の定期大会、全員職場集会などにおいて積極的に発言し、青年婦人部の行事にも参加するなどの諸活動を行なって来た。

2 原告はさらに、昭和四〇年九月、一〇月及び四一年八月に解雇された向坂弘時、遠藤よし子、岡崎義和の三名を守る会の責任者として活動し、昭和四二年七月二一日の組合大会に出席して右三名の裁判闘争を支援する緊急動議を提案した。

3 原告は出勤停止期間中の昭和四二年一〇月五日、右向坂、遠藤らの地位保全仮処分事件において証人として出廷し、職場の実態や被告会社の組合活動への干渉について証言した。また原告は同月二一日、小金井市民会館で日立武蔵首切り反対闘争二周年集会を催し、被告会社武蔵工場の労働者や地域の労働者に対し右解雇の不当性を訴えた。

4 本件解雇は被告会社が原告らの活動によって右解雇反対闘争が職場に広まり、また組合が強化されることを恐れ、かつ原告が被告会社に不利なことを証言したことの報復としてなされたものである。

六  再抗弁に対する認否

(一)  再抗弁(一)の事実は争う。

(二)1  同(二)の1の事実中原告が昭和三五年七月一日組合に加入し、昭和三六年七月職場委員に選出されたことは認めるが、その余の事実は不知。

2 同2の事実中被告会社が該日時において向坂ら三名を解雇したことは認めるが、その余の事実は不知。

3 同3の事実中原告が昭和四二年一〇月五日、右向坂らの地位保全仮処分事件において証人として出廷して証言したことは認めるが、その余のの事実は不知。

4 同4の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因(一)及び(二)の事実については当事者間に争いがない。

二  抗弁事実のうち被告会社が昭和四二年一〇月三〇日原告に対し、これまで出勤停止三回、譴責一回の懲戒処分を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みがないとの理由で、就業規則第五一条第一項第一二号に基づき、懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがないので、まず右解雇事由の有無について判断する。

(一)  昭和四〇年三月三一日になされた出勤停止五日間の処分について

原告が昭和四〇年三月一七日に被告会社武蔵工場の便所の個室内に落書をしたことで、同月三一日五日間の出勤停止処分を受けたことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

被告会社武蔵工場では昭和三九年一二月頃から便所の個室内に落書が多く発生するようになり、工場側ではその都度ペンキで塗り消したうえ、職制を通じて従業員に注意を促し、昭和四〇年一月末には工場美化のための通達を出したところ、次第に落書は減少した。ところが、同年三月に入り原告の所属する低周波製作課特性管理係の従業員らが主に使用する右工場一期建屋三階男子便所に再び落書が多発するようになったので、工場側ではペンキで塗り消す前に落書の写真を撮って犯人の割り出しを開始した。原告は昭和四〇年三月一七日右男子便所個室において、壁に書かれた落書を隠すために画鋲で貼ってあったわら半紙に政府自民党が密かに戦争及び軍備増強計画を進めている旨及び臨時員の首切りを黙認している組合を強化するのが組合員の任務である旨を十余行にわたって落書した。被告会社では右落書の筆跡を検討して原告のものに間違いないものと推定し、後日江沢保安主任及び鈴木勤労課長が原告をそれぞれ呼び出して右落書のみならず、それ以外の多くの落書についても原告が書いたものでないかどうか追及したところ、原告は右落書についてだけ自分で書いたものと認めた。ところが原告は同月二七日、三〇日の事情聴取にあたり従来の態度を翻し、すべてを否認するに至った。そこで被告会社は同月三一日原告の右三月一七日に行なった落書が就業規則第五〇条第一項第一二号(会社の施設または構内において許可なく掲示貼紙し、または放送を行なったとき)、第一五号(その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき)に該当するものとして、原告に対し五日間の出勤停止処分を申し渡し、併せて右処分を工場の掲示板に張り出した。

以上の事実が認められる。《証拠省略》中には原告が江沢主任の事情聴取に際し、本件以外の多くの落書も自分が行なったものと自認した旨の記載があるが、右は《証拠省略》に照らし容易に採用できない。また《証拠省略》中、原告が同日落書をしたのは「落書をしたい方はこれに書いて下さい」と書いてあったから書いたものであり、その用紙も乙第三号証ではない旨の供述及び記載があるが、前掲各証拠に照らしにわかに採用することができず、《証拠省略》も未だ前記の認定を覆すに足りず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  昭和四二年一月一〇日になされた譴責処分について

原告が昭和四一年一二月八日午後四時三〇分頃、就業時間中であるにもかかわらず低周波製作課特性管理係の同僚に対し、政治集会への参加を勧誘したこと、そのことで昭和四二年一月一〇日譴責処分を受けたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

原告は、同日特性管理係測定室においてカーブトレーサーを使用し、トランジスターの不良特性解析の作業中であった木村和彦に対し、前記集会参加への勧誘のほか当時施行中の国会議員選挙に関して特定候補に投票すること及び資金カンパを執拗に依頼し、約二〇分間にわたり同人の作業を妨害した。木村は翌日上長である石橋主任のもとへ行き原告の前記勧誘等は仕事に差支えるので善処して欲しい旨申し述べたので、翌一〇日石橋主任は原告を呼んで事実の有無を尋ねたところ、原告はこれを否定した。そこで被告会社では同月二三日、勤労課の応接室において木村を同席させて再度原告から事情を聴取したところ、原告は資金カンパの点を除き右事実を認めるに至った。更に被告会社は原告の反省状況を見るために二、三度原告を呼び出したが、同人は「今回の件は木村君には悪かったと反省しているが、他にも私語で時間をつぶしている人がいるのに、自分だけ処分されるのは納得できない。今回の件はたいしたことがない。」などと言い張るので、被告会社は昭和四二年一月一〇日原告の右行為が就業規則第五〇条第一項第四号(実働時間中許可なく職場を離れ、または甚だしく自己の職責を怠る等業務怠慢の行為があったとき)、第五号(正当な理由なく業務を阻害する様な行為があったとき)に該当するものとして、原告に対し譴責処分を言い渡し、あわせて始末書の提出を命じた。原告はその際右処分は不当である旨申し立てたが、同月二三日に至り、今回の件は十分反省する、今後このようなことはしないと反省の態度を顕著にし、その旨の始末書も提出したので被告会社もこれを受理した。

《証拠判断省略》

(三)  昭和四二年七月二七日になされた出勤停止七日間の処分について

原告が昭和四二年七月二一日午後五時から約二時間半にわたって職場を離れて私用外出をしたこと、その際私用外出届に上長に無断でその承認印を押捺したこと、そのことで同月二七日に七日間の出勤停止処分を受けたことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告の上長である石橋主任は、当時組合の評議員であったので同年七月二一日午後四時頃から右工場構外の体育館で催された組合の定期大会へ出席した。原告は同人から不良対策を講ずるため残業をするよう命ぜられていたが、解雇問題を組合で取り上げるよう発言するため組合大会に出席しようとした。ところで被告会社武蔵工場では就業時間中の私用外出については、私用外出届に外出先、用件等所定の事項を記入し、所属上長の承認印を受けて警備室へ届出ることになっており、その際上長の承認印を部下が無断で押印することは許されていなかった。しかるに原告は勤務時間終了間際の午後五時前頃組合大会に出席するため私用外出の手続をとろうとしたが、所属上長がいずれも不在だったので、一応同僚に断わって私用外出届に上長の承認印を押捺し、大会会場へ赴き傍聴人として前記事項につき発言をし、その後職場に戻って午後一一時頃まで残業した。石橋主任は翌二二日右外出届を発見し、その上長である西村課長に代印したかどうか確認したが、同人はしていないというので、原告に問いただしたところ、原告は盗捺の事実を認めた。さらに被告会社では湊勤労課長らが原告から事情聴取を行なったが、原告は事実関係については認めたものの、私用外出届の押印は主任が形式的にやっているだけで、私と同じようなことは他でもやっている、規則違反にはならない等と申し立てた。そこで被告会社は同年七月二七日、原告の右行為が就業規則第五〇条第一項第四号、第六号(勤休、外出その他に関して手続や届出を詐りまたは怠ったとき)に該当するものとして原告に対し七日間の出勤停止処分を言い渡し、あわせて始末書を提出するよう命じた。これに対して原告は同年八月四日反省の色を示し、今後就業規則に触れる行為は繰り返さないよう充分に注意しますと記載した始末書を提出したので、被告会社もこれを受領した。

以上の事実を認めることができる。原告は右私用外出届の上長の承認印は全く形式的なものである旨主張し、《拠証省略》には右に沿う部分もあるが、これらは前掲各証拠と対比して措信し難く、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  昭和四二年一〇月四日になされた出勤停止一四日間の処分について

原告が低周波製作課特性管理係に所属し、ゲルマニウム・トランジスターの一品種の特性管理(歩留の維持向上及び不良対策等)の業務を担当していたこと、右品種の選別後歩留を推定算出するについては右トランジスターの各製造工程に応ずる焼付先行試作の歩留、封止先行試作の歩留、選別実績の歩留の三段階の歩留数値を検討し、これに基づいて推定算出しなければならないこと、原告も右方法を十分承知していたこと、原告は昭和四二年九月四日選別後歩留を七七%と推定したが、右品種の歩留(実績)は同月六日午後七三%に低下していたこと、そこで原告の上長である石橋主任が同日午後四時頃原告に対し、原因の追究と対策の樹立のために残業を命じたこと、しかるに原告は同日午後五時三〇分頃まで右主任と話し合ったが折り合わないまま友人と会う約束があるからと言って残業を拒否し、帰ってしまったこと、被告会社武蔵工場には業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により一日八時間、一週四八時間の実働時間を延長することがある旨の就業規則が存在し、かつ被告会社は当時組合と時間外労働に関する協定(いわゆる三六協定)を締結していたこと、原告が翌七日推定歩留を七三%と算出してその対策を講じたこと、本件につき原告は一〇月四日出勤停止一四日間の懲戒処分を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  被告会社ではトランジスターの生産にあたり、生産効率を高めるため、毎月の製品の選別後歩留(着工した製品数に対する良品の割合)を予想し(予算歩留)、これを基準として予算を組み、製造に必要な日数及び数量を見込んで着工し、右歩留を維持向上させるよう各工程を管理しているので、選別後歩留の算出を誤ると製造原価の増大、出荷遅延を招来し、生産計画の実現に支障をきたし、会社は大きな損害を蒙ることになる。ところでトランジスターの製造工程においては、特に焼付、組立、封止の各工程が重要であるところから、選別後歩留を算出するには、まずその時点における選別後実績歩留とこれに対する焼付(アロイ)先行試作の歩留及び封止先行試作の歩留を参考にしながら、現在各工程に流れている未完成品の焼付先行試作の歩留及び封止先行試作の歩留の数値を出し、これらを対比して今後の選別後歩留を推定する作業を行なう。従って信頼のできる選別後歩留を算出するには、焼付先行試作、封止先行試作の歩留の最新かつ正確なデーター(数値)が要求されることは明らかである。

2  原告は同年九月一日前記石橋主任から九月生産の選別後歩留の推定を行なうよう指示されたが、最新の封止先行試作のデータが検査中未整理の状態であったから、このような場合、原告自身でデータを整理し、あるいは現場からサンプルを採って不良解折をして最新の歩留を算出し、これを基礎に選別後歩留の推定をなすべきであったのにこれを怠り、てもとのデータと焼付先行試作の歩留を基礎に九月の選別後歩留を七七%と算出し、その旨の歩留推定表を作成し、これを石橋主任に提出した。石橋主任は同月六日、九月の実績歩留が原告の算定した推定値より著しく低下しているのを発見し、同日午後四時半頃、原告に対し右推定表の数値の算出方法につき問いただしたところ、原告は前記の手ぬかりのあった事実を認めた。そこで石橋主任は原告に対し、残業をしてでも原因の究明と歩留推定のやり直しを命じた。ところが原告は「残業はやらない、今日はもう帰る」と断り、石橋主任の説得にもかかわらず「そんな仕事をやるほど給料をもらっていない、日立は給料が安い」などと反発して一時間近く口論を続け、五時半過ぎ頃「今日は友人と会う約束があるので帰らなければならない。今後一切残業はしない。もう責任を持った仕事はできない。今日はたとえ鎖につながれても帰る」と言い捨てて帰ってしまった。

3  原告は翌七日、同僚の小川の援助を受けて現場からサンプルを抜き取って推定歩留の算出を行ない、午後九時頃まで残業し、歩留推定値を七四%と算定してその旨を石橋主任に報告した。

4  原告は九月一一日、同月六日の件で西村課長から事情聴取を受けたが、その際も「私にもプライベートなことがあるし、残業を命ぜられたからといって必ずやるというわけにはいかない。残業は自分の判断でやっていく」などと言い張った。さらに課長が残業を命ずるのは緊急の場合であるから従ってもらいたいと説得しても原告は残業に協力はするが、上長に命ぜられても必ずしも従う必要はないとの態度をとり続けたので、課長は原告に当分仕事をしなくても良いから席へ戻って十分反省するよう命じた。原告はその後西村課長から反省書を提出するよう申し渡されたので、数回にわたり反省書を提出したが、これらはいずれも反省の趣旨が認められないということで受理されなかった。しかし、原告が同月二九日に提出した反省書はその文面から一応反省の趣旨を読み取ることができ、原告もこれ以上のものは書けないと言うので、被告会社は一応これを受理した。しかしその際西村課長が原告に残業についての考えを問いただしたところ、原告は依然として従前の考え方を変えていなかった。そこで西村課長から相談を受けた湊勤労課長は原告本人の真意を確認するため同人を呼び出したが、原告は「残業は労働者の権利であり、サービスである」などと言い残業に対する従来の態度を改めなかった。そこで、被告会社は組合の意向をただした上、一〇月四日原告の前記行為が就業規則第五〇条第一項第四号、同第五一条第一項第六号(故意または重大な過失により自己の権限外の行為をなし、または故なく業務に関する上長の指示に従わなかったとき)に該当するものとして、原告に対し出勤停止一四日間の処分を申し渡した。

以上の各事実を認めることができる。原告本人尋問(第一回)の結果のうち右認定に反する部分、特に歩留の推定にあたっては通常の作業ルートにのって上って来るデータで推定するだけでよく、原告に怠慢の事実はない旨の供述は前掲各証拠に対比してにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)  本件懲戒解雇処分について

被告会社が同年一〇月四日前記(四)の出勤停止処分を言い渡した際、原告に対しその期間中によく反省し、出勤する際就業規則第四九条第三号に基づき始末書を提出するよう命じたこと、原告は同月一九日湊課長らに呼ばれ、始末書の提出を求められたが、就業規則違反の事実はないと主張して退場を命ぜられたこと、原告は翌二〇日始末書を提出したが受理されず、同日も退場を命ぜられたこと、同月二三日再び始末書の提出を求められるとともに、同日付で休業を命ぜられ、退場させられたこと、原告は組合からも始末書を書くよう説得されたが、これに応じなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

1  原告は一〇月一九日出勤すると湊課長、岡崎主任らに呼ばれ、始末書の提出を求められたが、「この前西村課長に出した反省書以上には書けない。就業規則に違反した覚えはない」と言ってこれに応ずる態度を示さなかったので、湊課長は「明日まで最後のチヤンスを与えるので書いて来なさい。もう一度よく考え直しなさい。」と言って反省を求めるとともに退場を命じた。原告はどうしても工場長に会わせて欲しいと言い張り退場命令に応じなかったが、警備員を呼んだところ自ら退場した。

2  翌二〇日、原告は再度湊課長らに呼び出された際始末書を持参した。右始末書には九月六日の事実及び従来の態度を改め今後残業に協力し、誠意をもって仕事をするよう努力する旨の記載はあったが、就業規則違反の事実を認め、今後残業拒否をやらないという基本的な態度までは示されていなかった。そこで湊課長らはこの点につき確認を求めると、原告の残業についての従来の考え方は変っていないので右始末書を受理せず、原告に対し帰宅して再度反省するよう命じ、原告は警備員に付添われて退場した。

3  原告は同月二三日も湊課長らに呼び出されたが、従来の態度を改めないばかりか、「処分は不当である。会社は就業規則を拡大解釈して一方的な判断をしている。首を切るなら切ってもらいたい。私には多くの労働者がついている。」などと挑発的な発言をするに至った。そこで湊課長らは原告の説得を断念して原告に対し処分の決定まで休業を命じた。原告はこれにも応じないので、警備員が両腕を取って門外へ連れ出した。

4  被告会社は組合に対し、これまでの経緯を説明し、本件に関する組合の意向をただしていたところ、同月二七日頃組合から本人を説得したが応じないので処分もやむを得ないとの回答があった。そこで被告会社は同月三〇日原告に対し、本件解雇の意思表示を行なった。

《証拠判断省略》

三(一)  右認定事実によれば、前記二の(一)ないし(三)の原告の各所為がそれぞれ就業規則第五〇条第一項第一五号、第一二号、同条同項第四号、第五号、同条同項第四号、第六号に該当するとの被告会社の判断は相当であり、これに対する各懲戒処分はその違反行為に相応した妥当な処分であったものということができる。

ところで、被告会社の原告に対する本件懲戒解雇の原因は、前記二の(四)及び(五)の事実、即ち原告が作成した歩留推定表の数値と実績歩留の数値が喰違ったので、石橋主任が原告に対し、残業をして算定のやり直しをするように命じたところ、原告がこれを拒否し、その後も右残業拒否を正当化して反省しようとしなかったことにあり、これが前記の(一)ないし(三)の懲戒処分と相まって就業規則第五一条第一項第一二号の「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込がないとき」に該当すると判断されたものであることは、被告会社の弁論の全趣旨に照らして明らかである。そこで被告会社の右判断の年当性について検討する。

(二)  前記認定の事実(二の(四))によれば、選別後歩留の実績値がその推定値より著しく下廻るときは、製品の生産計画の実現に支障をきたし、被告会社に大きな損害をもたらすおそれがあるから、歩留の維持向上と不良対策を担当する特性管理係にとって、その原因を究明し、歩留算定の正確性につき再検討しなければならないことは当然のことである。従って原告が算定した選別後歩留の推定値に対し、実績歩留の数値が下廻った以上、石橋主任が原告に対し、歩留算定のやり直しを命じたことには正当な理由があるということができる。しかし、このことから当然に歩留算定のやり直し作業のため原告に残業義務(時間外労働義務)が生じ、原告がこれを拒否したことが雇傭契約上の義務違反になるか否かは別箇の問題であって、残業義務の有無については労働基準法の立場から更に検討を加える必要がある。

ところで、この点につき、原告は、労働協約もしくは就業規則において時間外労働義務に関する規定がおかれ、さらにいわゆる三六協定が結ばれていても、個々の労働者が具体的に時間外労働について同意しない限り時間外労働の義務を生ずることはないものと主張する。確かに原告主張のように、いわゆる三六協定の締結に免罰的効力のみを認め、労働者の個別的な同意がない限り私法的効力を認めない見解もないではないが、当裁判所は、労働基準法第三六条所定の要件のもとに適法な時間外労働に関する協定が締結され、さらに就業規則、労働協約などにおいて個々の従業員が時間外労働義務を負担する旨を明示する規定が設けられ、これが労働契約の内容を律していると認められる場合には、個々の労働者は所定の条件のもとに原則として時間外労働に従事すべき雇傭契約上の義務を負うものと解するので、いわゆる個別的同意説に基づく原告の主張はこれを採用することができない。しかし、労働基準法は、長時間労働が常態化すると、労働者の健康が害され、ひいては公共の利益に反する結果を招くとの立場から、八時間労働を基本原則と定め、これに対する例外を厳しく制限しているものであることは、その立法趣旨に照らし明らかである。従って、時間外労働が常態化して八時間労働の基本原則が事実上崩壊することを防止するために、八時間労働に対する例外を認めた同法第三六条の要件については、これを厳格に解釈する必要があるといわなければならない。右の見地からすれば、いわゆる三六協定で定める時間外労働の内容が一般的・抽象的であって、時間外労働をさせる必要のある具体的事由、労働に従事すべき時間、労働者の範囲、労働の内容等が明確ではなく、あるいは残業の具体的必要性が未だ発生していないのに、将来予想される事態を概括的網羅的に定め、協定の内容から労働者がいかなる場合にいかなる残業をなすべきであるのか、具体的に予測することが困難であって、結局残業の必要性の有無あるいは残業の内容が使用者の判断に委ねられているような場合には労働基準法の趣旨に照らし、たとえ形式的には適法な三六協定が締結されていても個々の労働者に時間外労働に従事すべき雇傭契約上の義務を生じさせる効力はないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記のとおり被告会社武蔵工場には、業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により一日八時間、一週四八時間の実働時間を延長することがある旨の就業規則が存在し、かつ組合と三六協定が締結されていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば右協定は、被告会社と日立製作所労働組合総連合との間で昭和四一年一〇月三一日締結された労働協約にもとづき被告会社武蔵工場と組合との間で昭和四二年一月二一日締結されたものであって、有効期間を同年九月三〇日までとし、時間外労働に関する条項の内容は「会社は(1)納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合、(2)賃金締切の切迫による賃金計算または棚卸し、検収、支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、(3)配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、(4)設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、(5)生産目標達成のため必要ある場合、(6)業務の内容によりやむを得ない場合、(7)その他前各号に準ずる理由のある場合、実働時間を延長することがある。この場合延長時間は月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ない場合はさらに当月一ヶ月分の超過予定時間を一括して予め協定する」というものであることが認められる。右協定において、時間外労働を必要とする事由及び延長すべき時間が一応示されているとはいうものの相当広範囲な事項にわたるばかりでなく、(5)ないし(7)の項目は抽象的、概括的であって、時間外労働を必要とする具体的事由を明確にしたものとはいい難く、従って労働の内容も特定されず結局右項目は、協定成立時には未だ具体的に発生していないが、将来被告会社にとって時間外労働を必要とする事由が生じた場合、その事由に応じて、その都度個々の労働者に、業残の内容を指定して時間外労働を命ずる権限を被告会社に包括的に委ねたものと解さざるを得ない。そして右のように時間外労働に関して会社に包括的な権限を与えた協定のもとで、会社が自由に時間外労働の命令を出すことができるとすると、労働者にとって予測することのできない時間外労働義務を課せられ、あるいは時間外労働が常態化するおそれがあるというべきであるので、このような協定に基づいて会社が時間外労働の命令を出しても直ちに労働者に時間外労働の義務が生じるものと解することはできないといわざるを得ない。ところで本件弁論の全趣旨によるも、石橋主任の原告に対する本件残業命令が前記協定のどの項目にもとづいてなされたものであるのか必ずしも明らかではないが、少くとも右(1)ないし(4)の項目のいずれかに該当するものと認めることはできないし、また(5)ないし(7)の項目のうちのいずれかの事由に該当するとしても、前記の理由により原告に時間外労働義務が生じたものと解することができないのみならず、原告のなした選別後歩留の算定が誤りであったとしても残業をしてまでその日のうちに算定のやり直しをしなければならない程の緊急の必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、石橋主任の原告に対する本件残業命令は適法なものといい難く、原告に残業義務が生じたものとの解することができないから、原告が右残業命令を拒否したことをもって、就業規則第五一条第一項第六号の「故なく業務に関する上長の指示に従わなかったとき」に該当するものとはなし得ないというべきである。

(三)  そこで、進んで始末書の問題(前記二の(五))について検討するに、被告会社は九月一九日の出勤停止処分後、原告に対し、残業拒否についての始末書の提出を求め、反省を促したところ、原告は残業に協力し誠意をもって仕事するよう努力する態度を示しはしたが、必ずしも残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、原告のなした残業拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けたため、被告会社は原告に反省の態度が認められないとして懲戒解雇に処したものであることは前記のとおりである。ところで原告の残業拒否が雇傭契約の義務違反にならず、就業規則第五一条第一項第六号に該当しないと解される以上、原告が右残業拒否についての反省を拒み、被告会社の意向に副う始末書を提出しなかったからといって、これをもって同規則第五一条第一項第一二号にいう「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込のないとき」に該当すると断定することはできず、また右残業拒否及び始末書の問題を除外して、それ以前に既に懲戒処分を受けた事由(前記二の(一)ないし(三))のみをもって同条項に該当するものとして本件懲戒解雇処分を是認することも許されないものというべきである。そうすると、被告会社が就業規則第五一条第一項第一二号に基づいてなした本件懲戒解雇は、右条項の解釈適用を誤ったもので、無効というべきであるから、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、原告は被告会社に対し雇傭契約上の地位を有するものといわなければならない。

四  次いで原告の賃金及び一時金の請求について検討する。

被告会社における従業員の賃金が基本給、加給、職務給、諸手当(扶養地域手当、残業手当、深夜勤務手当等)によって構成されていること、右賃金及び毎年夏季、年末に支給される一時金の具体的な金額が被告会社と組合との賃金及び一時金協定によって決定されること、賃金の支払方法は毎月二〇日締め、その月の二八日払であること、昭和四二年度において原告が執務職六級、職務給二職級に属し、基本給月額一万〇〇五〇円であったこと、昭和四二年五月ないし同年七月までの原告の平均残業時間が二九時間、平均深夜勤務時間が一一時間であったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで原告は昭和四三年度においては執務職四級に格付けされ、昭和四四年度には執務職四級、職務給六職級に、昭和四六年度には企画職三級に、昭和四九年度には企画職二級にそれぞれ昇格し、かつ被告会社の査定分は平均額によるべきものとし、これを前提として各年度の賃金、一時金を算出し、その金額(別表(一)の一ないし三)をもって、原告が被告会社から支給されるべき賃金及び一時金としている。しかし、《証拠省略》によれば、原告は入社以来平均より低位に査定され、解雇当時、執務職六級に格付けされていたが、その中で最低に近い査定であったことが認められ、その他原告の勤務態度、処分歴等本件諸般の事情並びに弁論の全趣旨に照らすと、昭和四四年度は執務職五級に、昭和四八年度は執務職四級に昭和四九年度は執務職三級にそれぞれ格付けし、査定部分については従前の実績どおりの査定によるのが相当であると認められ(る。)《証拠判断省略》

また時間外勤務手当については原告の解雇時における実績と昭和四三年以降の執務職男子の時間外勤務の実績とを対比し、その限度で認めるのを相当とするところ、《証拠省略》によると、昭和四二年五月から同年七月までの原告の平均時間外勤務時間は執務職男子の平均時間外勤務時間の約七三%にあたること、昭和四三年以降昭和五一年までの執務職男子の平均時間外勤務時間は月二七・五時間であることが認められるので、原告の右期間における時間外勤務時間は二七・五時間の七三%と推定するのが相当であり、なお深夜勤務については一般に執務職男子はこれに従事していなかったことが認められる。

右によれば原告が被告より支給さるべき賃金、一時金の額は、右職群等級、査定率、残業時間等と各年度の賃金、一時金協定を考慮して算出したものと認める別表(二)の一ないし四のとおりとなり、これによれば、昭和四二年一一月以降昭和五一年九月までの賃金及び一時金の合計額は九四七万六五七〇円となり、同年一〇月以降の賃金が月額一三万七一八二円となることが認められる。他に右認定判断を覆し、原告の主張による別表(一)の一ないし三を相当と認めるに足る証拠はない。

五  以上のとおり原告の本訴請求は主文第一ないし第三項掲記の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 小磯武男 裁判官浜崎浩一は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 後藤文彦)

<以下省略>

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